東京地方裁判所 昭和41年(ワ)522号 判決 1966年11月28日
原告 泉春彦
右訴訟代理人弁護士 川崎剛
被告 油井欽一
右訴訟代理人弁護士 岡安秀
同 佐藤圭吾
右岡安復代理人弁護士 横溝一
主文
被告は、原告に対し、九一五、五一一円とこれに対する昭和四一年二月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者双方の申立
(原告)
被告は、原告に対し、二〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
第一項につき仮執行の宣言。
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の主張
(請求原因)
一、被告は、昭和三九年一〇月二八日当時、油井運送店の商号で牛乳等の運送を業とし、訴外崎山正勝(以下「訴外人」という。)を雇傭し、トラック運転者として右業務に従事させ、原告は当時江戸川区東小松川五丁目九九九番地有限会社丸仁油店の従業員であった。
二、原告は前記日時午后三時頃右勤務先店舗のガソリンスタンドにおいて給油の業務に従事していたところ、被告の雇傭する運転者訴外田中重一の小型トラックに給油した際、油がこぼれて車体についたことに同人から因縁をつけられ、襟首を掴まれて事務所附近に連行された。その際、被告の業務として小型トラックを運転して右スタンドに来た訴外人から、矢庭に、同所にあったコーラの空壜で頭部を殴打され、これに因り、頭部外傷、急性頭蓋内血腫、右外傷性視力障害(右眼失明)の傷害を受け、更に、血清肝炎が後発した。
三、右は被告の被用者である訴外人がその事業の執行についてなした不法行為(故意)であるから、被告は、使用者として、右傷害により原告の蒙った損害を賠償すべきである。
四、原告の蒙った損害は、次のとおりである。
(一) 一六八、〇四五円
昭和三九年一一月一七日から同四〇年六月二二日までに原告が東京大学医学部附属病院に支払った人院費用等合計額
(二) 三三、〇〇五円
同三九年一〇月から同年一一月一七日までに原告が支払った入院雑費合計額
(三) 一八、七〇〇円
同四〇年八月三日、同二四日、聖愛病院に支払った治療費合計額
(四) 二九五、七六一円
本件事故当時における原告の月収は一九、〇〇〇円であったところ、右事故により同三九年一〇月二九日から同四一年二月一五日までの間稼働することができず、この間の得べかりし利益の喪失合計額
(五) 一、三八六、二七〇円
原告は右眼失明の後遺症があり、これによる労働能力喪失率は四五パーセントである。原告は同二〇年三月二〇日生れで、厚生省厚生大臣官房統計調査に基づく平均余命は四八、四七年であるから、少くとも今後四〇年は就労することが可能といえる。したがって、この期間内の右喪失により減少した得べかりし利益の合計を、現在一時に損害の賠償を求めるため、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して計算すると、次式のとおり、一、三八六、二七〇円となる。
633円×45%×365日×40年/1+(0.05×40)=1,386,270円
(注)633円は月収19,000円の平均日収額
(六) 一〇〇万円
原告は本件負傷につき頭蓋骨開披の大手術等を受け、これが治療の間を通じ多大の精神上の苦痛を蒙り、右眼失明、右手術による顔面の瘢痕等により現在及び将来も右苦痛は引き続くから、かかる精神的苦痛を慰藉するには一〇〇万円が相当である。
五、よって、原告は被告に対し、以上損害額の合計二、九〇一、七八一円中内金二〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日から完済まで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の過失相殺の主張に対する答弁)
否認する。
第三被告の主張
(答弁)
一は、認める。
二のうち、冒頭から「油がこぼれて車体についたこと」まで及び訴外人がコーラの空壜で原告の頭部を殴打したことは認める。原告の傷害の点は不知。その余は否認する。
三は、否認する。
四は、不知。
(過失相殺の主張)
原告と訴外田中との争いは、原告から攻撃をしかけたため掴み合いの口論になったものであり、訴外人は、両者の喧嘩を見て、同僚の訴外田中が原告に負かされるものと思い、本件殴打に及んだ。
したがって、本件事故の発生については被害者たる原告にも過失があるから、過失相殺を主張する。
第四証拠≪省略≫
理由
一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二、当事者間に争いのない事実、≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を認定することができ、他にこれを左右すべき証拠はない。すなわち、
原告は、昭和三九年一〇月二八日午後三時頃勤務先店舗のガソリンスタンドにおいて給油の業務に従事していたところ、被告の雇傭する運転者訴外田中重一の小型トラックに給油した際、油がこぼれて車体についたことから同人と口論になり、互に掴み合ったまま同スタンド事務所に至り、口論を続けた。訴外人は、右田中に遅れて、被告の業務として小型トラックを運転して右スタンドに給油に来たところ、事務所で前記両者が口論しているのを目撃するや、右喧嘩が五分五分の状況であるにも拘らず、矢庭に、無言のまま背后から、傍らにあったコーラの空壜で原告の頭部を一撃し、これにより、原告は頭部外傷、急性頭蓋内血腫、右外傷性視力障害(右眼失明)の傷害を受け、更に、血清肝炎が併発した。
右事実によると、本件傷害は、被告の被用者である訴外人がその事業の執行についてなした故意による不法行為に因るものといわざるをえず、被告は、使用者として、右傷害により原告の蒙った損害を賠償すべきである。
三、被告は、原告と訴外田中との争いは原告から攻撃をしかけたため掴み合いの口論になったものであるから、被害者たる原告にも本件事故につき過失がある旨主張する。この点につき、原告本人の供述と田中証言とは相反しており、その真相は必ずしも明らかでないが、仮りに被告の主張どおりであるとしても、前記認定のような当時の状況の下においては、訴外人が訴外田中に加勢して原告に一撃を加える必要は毫もなかったと解せられるから、訴外人の本件傷害行為につき、原告に過失があったということはできず、右主張は理由がない。
四、原告の損害額について検討する。
まず、原告の財産的損害の請求についてみると、≪証拠省略≫から、次の事実を認定することができ、これに反する証拠はない。すなわち、
原告は、本件受傷の翌日東京大学医学部附属病院に入院し、頭蓋骨開披の手術を受け、同年一一月一七日退院し、その後も通院治療を続け、更に、右手術の際の輸血から血清肝炎に罹り、同四〇年一月二五日から同年一一月二四日まで毎日聖愛病院に通院して治療を受けた。そして、これらの費用として、原告は(一)同三九年一一月一七日から同四〇年六月二二日までに入院費用等として東大附属病院に一六八、〇四五円、(二)右入院雑費として貸布団屋、附添看護婦等に三三、〇〇五円、(三)血清肝炎の治療費として、聖愛病院に同四〇年八月二三日、同二四日に計一八、七〇〇円をそれぞれ支払った。(四)原告の本件事故当時の月収は一九、〇〇〇円であったところ、右当日失職し、じ来同四〇年一一月二四日までは前記のとおり治療に専念し、その後も同四一年二月一五日までは就職口を探し求め、その間働くことができなかった。
右事実によると、原告は、本件事故により、右(一)乃至(三)の支出を余儀なくされ、右支出額と同額の損害を蒙り、また、同三九年一〇月二九日(本件事故の翌日)から同四一年二月一五日までの本件事故当時の月収一九、〇〇〇円の割合による金員が二九五、七六一円となることは計算上明らかであるから、前記就労不能により、同額の得べかりし利益を喪失したというべきである。
原告は右眼失明による労働能力の喪失により得べかりし将来利益一、三八六、二七〇円を失ったと主張する。弁論の全趣旨により成立の是認できる≪証拠省略≫によると、一眼失明は、労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級表にあてはめると、同表の第八級に該当し、右障害等級は労働省労働基準局長から各都道府県労働基準局長宛の同三二年七月二日付通達(基発第五五一号)の別表第一に定める労働能力喪失率一〇〇分の四五に該当することは明らかである。しかし、原告本人尋問の結果によると、原告は同四一年二月一六日工員として他に就職し、月額二八、〇〇〇円程度の収入を得ていることが認定でき、仮りに、現在の職務の複雑、困難性、労働時間、雇傭の安定度等が従前のそれに比して問題があるにしても、右収入は本件事故当時の収入を大巾に上廻っているから、労働能力喪失を理由とする将来利益の主張は採用できない。
次に、精神的損害についてみると、前記認定の本件事故により原告の受けた負傷に関する諸事実に照らすと、原告が右事故により著しい精神的苦痛を蒙ったことは明らかである。≪証拠省略≫によると、原告は、同二〇年三月二〇日生れで、新制中学を卒業後店員等として働いている独身の男性であり、現在も天候不順の折等には頭痛を覚え、永く読書することができず、前記手術による顔面の瘢痕は将来も消失しないことが認定でき、(これに反する証拠はない。)右事実と前記認定の本件事故の態様、負傷の部位、程度等についての諸事実を綜合して考えると、原告の右精神的苦痛は、四〇万円をもって慰藉され得るものと認めるのが相当である。
五、以上からすると、被告は原告に対し、治療費等の損害として前記(一)乃至(三)の合計額二一九、七五〇円、得べかりし利益の喪失による損害として二九五、七六一円、慰藉料として四〇万円以上合計九一五、五一一円とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな同四一年二月九日から完済まで法定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかであるから、原告の本訴請求は、右義務の履行を求める限度において、正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却を免れない。
よって、民事訴訟法九二条、八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎啓一)